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  • 01

    STEVE AOKI

DJ ALAMAKI

誰でも出来るようなDJはしたくないですね。

チャートに左右されてたら、最終的に誰でも出来るDJですよね。今はAIも発達してきて、単純にヒット曲とみんなが好きな曲だけでまわすなら、何年かしたらAIがDJをする時代が来ちゃうと思うんですよ。でも、この曲はナシでしょっていう感覚を逆転させることが出来るのが、人間の良さだと思うんで、ミスってもいいし、Haterが現れても仕方がないけど、誰でも出来るようなDJはしたくないですね。

XLII

自分がやりたい音楽は、誰も作ったことがない音楽。

当たり前のことをやっても、他とは何かが違うっていう部分の表現が難しいですよね。決まったフォーマットの中で、誰が聴いてもすぐに理解出来るけど、誰もまだ作った事がない音を生み出すのは、かなり難しい。でも、自分がやりたい音楽は、誰も作ったことがない音楽を作ることなんで勉強しています。

FAR EAST MOVEMENT

本当に、ただシンプルに曲を作ることから始める。

まずはインスピレーションを得ることから始まるんだ。とにかく最初は色んな音楽を聴くことに時間を使う。YouTubeやSoundCloud、Spotifyをチェックして、そこで聴いた音楽で、自分達が好きなものからインスピレーションを受けるんだ。例えば、アンダーグラウンドな若手のプロデューサーの新しい曲だったり、何か新しいインスピレーションを得る。そこからメンバー全員でブレインストーミングをやるんだ。ビートに対してのアイデアだったり、ソングライティングに対する様々な意見やアイデアだったり、メンバー同士のコラボレーションというプロセスなんだ。

DJ Yuto x DJ Kentaro

このスクールは僕に凄く合ってるって思ってます。

他のスクールがどうなのかわからないですけど、このスクールは僕に凄く合ってるって思ってます。例えば、こういうスクラッチが出来るようになるまで教えるとか、そういう感じの指導じゃなくて、とりあえず自分のやってみたいことをやって、それをKentaroさんが評価してくれるんです。自分の自由なことが出来るんですよ。KentaroさんはDMCでターンテーブリズムをやっていて、今のデジタルな技を駆使するタイプのDJではないですけど、僕がそういうデジタルを盛り込んだセットをやろうとしても、絶対に否定はないですし、むしろ褒めて伸ばしてくれるんですよ。

“Phenom”

昔以上に人々はDJのプレイリストに信頼を寄せている

音楽に触れようとする人間の欲求の部分に関しては、今も昔も変わっていないと思ってる。ただ、フェスを通じてダンスミュージックを体験し、新しい音楽を知る機会が増えてきた最近は、よりプレイリストという存在がキーになってきていると思うね。DJがプレイする曲を聴いて、新しい曲を知るという方法は昔と変わらないけれど、昔以上に人々はDJのプレイリストに信頼を寄せていると思うんだ。アナログからデジタルと流通の形は変化してきたけれど、音楽業界においてDJが重要な存在であることに変わりはないよ。

“他のDJとの差別化を図る”

飽和しているこのDJマーケットでOpenformat DJが生き残っていくためには何が必要だと考えてる?

僕が思うに、Openformat DJの存在意義とは、色々な曲をプレイするという部分で、そのスタイルに需要があって、これまでの地位を確立してきた。3~4年前にHouseやEDMがマーケットの中心になった時も、Openformat DJはそれらのジャンルを素早く学んで吸収し、全員ではないけれど質の高いパフォーマンスを披露してきた。そして今また、Hip Hop熱が戻ってきて、Openformat DJはHip Hopの曲でMashupやBootlegを作り、それらがヒットしている状況だ。ここ数年のEDMの流行に乗じて現れた多くのEDM DJ達は、今どうやってHip Hopをプレイして良いのかわからない状況に陥っているけれど、Openformat DJ達はこれまで何度もジャンルの壁を乗り越えているからね。

“3年目、4年目でようやく結果や成長が見え始めてくる”

KentaroさんのようなDJになるために、若手にアドバイスはありますか?

バトルDJに関して言えば、練習あるのみですね。クラブDJとしては、情報をキャッチする感性の部分もありますけど。バトルDJを目指すなら、とにかくスキルを磨いて、可能な限り多くの大会に挑戦して、小さな勝利を積み上げて優勝にたどり着くことが一番だと思います。本当にわかりやすい仕組みで、優勝するとイベントに呼んでもらえるようになる。自分の好きなことで、努力をして、結果がついてくるのは楽しいんですよ。プレッシャーもあるし、周りの目を気にして、大会に出るのを躊躇しているDJも多いと思いますけど、積極的に出るべきだと思います。出て欲しいですね。僕も最初に挑戦した時は初戦敗退で、2年目も負けました。続けて挑戦することで、3年目、4年目でようやく結果や成長が見え始めてくるんです。豊富な経験が強みにもなってくるので、バトルDJは場数をこなすべきだと思いますね。

“人々をスペシャルな気分にさせることが出来るのがマイクパフォーマンスだ”

あなたはクラウドに対してマイクパフォーマンスも出来るDJですが、喋ることの利点は何だと考えますか?

そうだな、クラブではかけなきゃいけない曲がある。多くの人が聴きたいと願う曲と、時にはそうじゃない曲も。そして、それがクラウドのテンションを下げてしまう事がある。でも、かけなきゃいけない。そんな時、クラウドが失った元気を取り返すためにマイクパフォーマンスが役立つね。繋ぎとしてクラウドに話しかけて騒がせるんだ。それとクラウドは誰しも自分の名前を呼ばれることが好きだよね。誕生日を祝うシャウトだったり、誰だって特別なもてなしを受けると喜ぶもんだ。時には面白い事を言ったりして、人々をスペシャルな気分にさせることが出来るのがマイクパフォーマンスだ。自分の名前を呼ばれたら、自分がパーティーに参加しているって気持ちが大きくなるだろ?単純な仕組みだよ。でも、これだけは言っておくけど、ターンテーブルだけで語り、マイクで喋らないプレイも興味深いんだ。わかるだろ?パーティーをロックするために言葉はいらない。そういう考え方もある。両者には違うアートが存在している。俺はマイクを使わず、プレイだけでクラウドをロックするDJをとてもリスペクトしている。同時に、ターンテーブルとマイクでクラウドをロックするDJ達の仕事熱心な姿に共感を覚えるし、常に労いたいと思っている。

“ここはDJのメジャーリーグなんだ”

どうしてラスベガスでレジデントDJをやることにしたんですか?

ラスベガスはDJにとってのメジャーリーグのようなものだ。もしくはNBAとも言える。この世界のどこにも、ラスベガスにあるような大きな箱が、パーティーを楽しむエナジーで溢れたクラウドで満杯になるクラブはないよ。本当にここはDJのメジャーリーグなんだ。もしDJとしての自分を試したいと思っているなら、ラスベガスのステージに立ってみたいと考えるのは当然のことだろう?

“負けたら勝ちたくなった”

Red Bull Thre3Styleに出場することになった経緯を教えて下さい。

当時所属していた事務所「Tokyo Style」社長のDJ U5さんから「とりあえず出ろ」と言われたのが始まりで、とにかく出てみたんです。でも最初は勝てなくて。単純な話で「負けたら勝ちたくなった」というのと、負けたことで、他の人のスタイルを見て、自分に足りないものや、自分の強みが見えてきて。こうしたら勝てるんじゃないか?という方向性が見えてきて再挑戦しましたね。

“DJ AMという偉大なお手本”

AMとDJや音楽について議論したことはありますか?

AMとは一緒の現場になることがとても多かったけど、不思議なことに音楽やDJに関して、時間を設けて議論したことはないかな。彼がレジデントを務めていたクラブでは、だいたい僕がオープンを担当したり、彼がいない時は僕が代行だったり、時間を共にする機会や接点は多かったんだけどね。僕自身は彼のプレイをずっと聴いていたから、彼のセットを真似するようなことはないけれど、DJとして影響は受けていると思うよ。元々、僕はPower106のラジオDJで、そこからラスベガスのナイトクラブ業界に飛び込んだ。当時、ラスベガスのナイトクラブシーンで新しい流れを生み出していたDJ AMのスタイルには誰もが感銘を受けたし、そこから色々なものを吸収して、僕もラスベガスのスタイルに移行していった時期だった。自分がラスベガスのDJとして相応しいレベルにあるかどうか、DJ AMという偉大なお手本が、良い意味で指標になっていたと思うね。

「それでも俺は、誰もがDJになれるとは思っていないよ。」

FMのDJとして一番興奮した経験は?

それはやっぱり、自分の夢でもあったUMFだね。UMF KoreaそしてUMF Japan。UMFの超有名DJラインナップに、自分達が入れたことが感動と興奮だよ。ラジオDJからDJとしてのキャリアを始めて、ナイトクラブDJを楽しんで、FMのメンバーとして加入して、本当に人生ってどんな方向に行くかわからないよね。俺自身は、自分がUMFに出るなんてことを想像もしていなかった。DJとしてUMFにずっと前から注目してきたけど、自分とは関係のない、どこか全然違う世界の事として考えていたからね。DJセットを聴きに、何万もの人が集まるんだよ?それまでもFMのDJとして、何万人規模のステージでパフォーマンスをやったことがあるけど、その時は今やっているような、DJセットがメインじゃなかったんだ。昨年あたりからDJセット中心の今のスタイルに変えて頑張ってきたんだけど、UMFにブッキングされた時は、俺もメンバーも全員ナーバスになったよ(笑)。とにかく世界的に大きなイベントだし。そこに訪れるであろうUMFのクラウドは、本当にDJというものを知っている。彼らは音楽を知っているし、DJを知っている。彼らは全てを知っているんだ。巨大スクリーンには、DJの手元も映し出される。最近、リアルDJについて色々と議論されているけど、俺のDJとしてのスキルを披露できる絶好の機会だと思った。誰かみたいにボタンを押して、あとは手を挙げるだけのDJだとは思われたくないし、DJというのがボタンを押すだけの人間と思われているのは悲しいよね。勿論、テクノロジーの発展でそういう現状がある事は否定できないけど、それでも俺は、誰もがDJになれるとは思っていないよ。俺はライブパフォーマンスにこだわってきたし、これまでのDJキャリアを経て、俺にしか出来ないDJセットに誇りを持ってる。UMF KoreaとUMF Japanで納得のDJセットを披露できた事が、俺の中で最もエキサイトした瞬間だね。

“僕のDJ人生の中で一番の「ロールモデル=見本」はDJ AM”

DJ AMとの出会いは?

最初の出会いがどんな感じだったのか、細かい経緯はもう覚えていないけど、とにかく彼とはLAで出会った。あの当時、僕はインディーロックとエレクトロに夢中で、バンドやKid Caudi、Bloc Party、Justiceなどのアーティストを集めてDim Mak Partyと題したパーティーを2003年から2006年までやっていたんだ。インディーロックとエレクトロのシーンとしてDim MakがLAに存在していて、一方のDJ AMは既にアメリカでも有名なParty Rock DJで、そんな彼がある日、Dim Makのパーティーに遊びに来たっていうのが始まりだった。そこで彼がDim Makの音楽性や方向性に共感してくれて、そこから友達になっていったっていう経緯かな。その後、二人の音楽感や方向性を合わせて、自分たちの新しいパーティーを作ろうって流れになり、毎週日曜日のフリーパーティー”Banana Split Sundaes”を一緒に始めたんだ。エレクトロのインディーシーンにポップカルチャーの要素を入れ、互いの良いところを組み合わせていくうちに、自然と多くの才能あるDJやアーティスト達が集まるようになって行った。そんな経緯で最終的に彼とはベストフレンドになったんだ。ベストフレンド以上の関係かもしれない。仕事以外の付き合いでも、DJ AMと知り合って初めてポーカーを楽しむようになったり、とにかく彼からは様々な事を学んだ。今まで僕が会ったどんな人よりも、彼は素晴らしい人格者だったと思う。同時に、彼は素晴らしいスピーカーでもあって、ステージに立って何かを喋れば、観衆の心を動かす事ができた。とにかく彼は人々にインスピレーション与える人だった。